LLブックについて

びわこ学院大学教育福祉学部 教授 藤澤 和子


本ウェブページでは,小社刊行の「写真版LLブック」について,その企画意図や特徴,出版までの経緯と内容,さらには社会的背景をまとめています。

写真版LLブック出版の企画意図
 ・LLブックとは
 ・だれもが読書を楽しめる写真だけの本づくり
 ・写真版LLブックの特徴
写真版LLブック第1作から第4作出版までの経緯と内容
 ・第1作『わたしのかぞく:なにが起こるかな?』
 ・第2作『はつ恋』
 ・第3作『旅行に いこう!』
 ・第4作『仲間と いっしょに』
LLブックの原点(はじまり)と歩み
 ・スウェーデン
 ・日本
写真版LLブックの読みかた
写真版LLブックの活用事例[new]


LLマンガへの取り組み[new](新しいタブが開きます)
   

写真版LLブック出版の企画意図

LLブックとは
私たちは,書籍・雑誌や新聞などの紙媒体,インターネットを代表とする電子媒体によって,毎日なにかを読んで情報や知識を得たり,楽しんだりしています。
読むことは,毎日の食事と同じようにごくあたりまえのことです。
読書は楽しみであり,心を育て,生活を豊かにします。そして,必要な情報や知識を得る大事な行為です。

知的障害や自閉症等により文字が読めない(読むことがむずかしい)障害者にとっても,読書を楽しみ,情報や知識を得ることは基本的な人権に関わる保障されるべき事柄です。
しかし,現在の出版物の表現媒体は文字が中心であり,幼児・児童向け以外の本は,内容も表現も複雑で高度です。これでは,彼らは読むことができません。

彼らにとって,興味のある,知りたいことが書かれている,読みやすく,わかりやすい本があれば,読書を楽しむことができます。そのような本を「LLブック」という名称で呼んでいます。LLとはスウェーデン語のLättläst(レットレースト)の略で,「やさしく読みやすい」(英語ではeasy to read)という意味です。

だれもが読書を楽しめる写真だけの本づくり
私たち(企画・編集・制作者)は,知的障害や自閉症等の人が楽しめる本をめざして,LLブックの特徴が最も明確に表現できる文字のない写真だけの本づくりに取り組んでいます。

ストーリーの理解が苦手な当事者のために,数編のショートストーリーを写真だけで楽しむことができるLLブックをめざして第1作『わたしのかぞく:なにが起こるかな?』を2015年4月に刊行,初版第1刷が完売し,重版出来となりました。
確かな手応えを得たところで,第2作『はつ恋』を2017年4月,第3作『旅行に いこう!』を2019年8月に刊行しました。

その後,2020年からはコロナ禍に見舞われ,思うように次作の構想や撮影準備が進みませんでしたが,2022年春から徐々に活動を再開し,2023年5月,ようやく第4作『仲間と いっしょに』が完成の運びとなりました。

写真版LLブックの特徴
共通する特徴として以下の諸点があります。
  • 身近でわかりやすいテーマを設定し,数編のショートストーリーで内容を構成しています。
  • 各編は起承転結が明確でユーモアあふれる展開とし,4~6コマ程度の写真で4コママンガ風に表現しています。
  • 出演者一人ひとりの動作や表情に気を配りながら質の高い作品をめざしています。
  • 定点から画角を固定して撮影しているため,各編,場面の転換を意識せずに同じ構図でストーリーを楽しめます。
  • 視覚的な刺激となる背景はできるだけ省いています。また,同じ理由から,あえてモノクロ写真を使用しています。
  • 文字が読めなくてもタイトルのイメージがもてるように,ピクトグラムで各編のタイトルを併記しています(第2作以降)。
  • 写真は見開きの片側のページだけに配置し,視線の集中を促しています。
  • 落としたりぬれたりすることを想定し,造本の際,強度や耐久性に十分配慮しています。

この数年,出版界ではLLブックへの取り組み例が増えてきています。また,「だれもが読書をできる社会をめざして」,法律の改正や整備も進み出しました。
さらに社会的認知度や関心を高めるため,私たちは今後も多様なLLブックの出版・普及活動を継続してまいります。
 
写真版LLブックの紹介POP
どなたでも自由にご利用ください。POP画像をクリックするとダウンロード可能なページが開きます。
しゃしんばんえるえるぶっくのしょうかいぽっぷ
 

写真版LLブック第1作から第4作出版までの経緯と内容

2014年までに,助成金(2011年度日本コミュニケーション障害学会,2013年度伊藤忠記念財団)を受けて,自費出版ベースで『はつ恋』(2012年),『わたしのかぞく』(2014年)と題する2冊の写真版LLブックを制作し,近隣の特別支援学校,障害者施設,公共図書館等に寄贈してきました。
また,現在でも『はつ恋』は電子書籍として無料で公開しています
 
わたしのかぞく しょえい はつこい 書影
旅行に いこう! 書影 仲間といっしょに 書影

第1作『わたしのかぞく:なにが起こるかな?』(2015年)
2015年には,みずほ福祉助成金と樹村房(出版社)の支援を受けて,一般図書として流通し,だれもが購入できる本として第1作『わたしのかぞく:なにが起こるかな?』を出版しました。
どこにでもいそうで,でもちょっとおもしろい家族の日常で起こった出来事を集めたコント集で,だれもが親しみやすい内容となっています。
小学生の少女「わたし」とその両親,おじいさん,お兄さん,お姉さんそれぞれのエピソード9編には,マンガ「サザエさん」のような家族による身近な笑いがいっぱいです。
 
  『わたしのかぞく:なにが起こるかな?』の登場人物
わたしのかぞく 画像

第2作『はつ恋』(2017年)
だれもが憧れる「恋」をテーマにしています。
青年,成人の年齢になると,自然と恋愛への興味が芽生えます。恋愛小説やエッセイ,詩集などを通して,恋や愛に憧れ,豊かな気持ちになることができます。しかし,一般図書を読むことができない知的障害の人たちには,そのような機会がほとんどありません。
そこで,本作では,憧れる少女とのはつ恋を実らせるために悪戦苦闘する青年の姿を,出会いからハッピーエンドまでの7編で描いています。
 
『はつ恋』から導入されたピクトグラム
LLブック コンテンツ見本

第3作『旅行に いこう!』(2019年)
1泊2日の家族旅行がテーマです。
張り切っているお父さん,食いしん坊なお母さん,ちょっとドジなお兄さん,優しい妹,仲良しのおじいさんとおばあさんが,旅先で繰り広げるエピソードの数々は笑いを誘い,家族みんなのウキウキ,ワクワク感が伝わってきます。
 
『旅行に いこう!』の扉(標題紙)
旅行に いこう! 画像


第4作『仲間と いっしょに』(2023年)
最新作は,同じダンススクールに通う仲間のおはなしです。そのなかにはダウン症の人もいます。5人の仲間たちがダンスの発表会をめざしてレッスンを受け,待ち望んでいた発表会ではスポットライトを浴びながらかっこよく踊ります。
本作では,障害のある人とない人がダンスやふだんの生活をともに楽しみ,同じ目標を共有するインクルーシブな姿を描いています。
 
『仲間と いっしょに』のラストシーン
旅行に いこう! 画像
 
   

LLブックの原点(はじまり)と歩み

ここで,LLブックの歴史について触れておきます。

スウェーデン 
LLブックは,北欧を中心に普及しています。
特にスウェーデンでは,1960年代から提唱されたノーマライゼーションの考え方にもとづいて,LLブックの制作と出版が開始されました。ノーマライゼーションとは,「障害があっても,市民として平等に権利をもち,当たり前に普通の生活が送れる社会を実現する」という理念です。
障害があっても,文字が読めなくても,すべての人が読書の機会をもつことは,民主主義や正義,平等思想を実現するために重要な課題であるという認識にもとづいています。

現在までLLブックの出版は継続されており,年間約30点がMTM (MYNDIGHETEN FÖR TILLGÄNGLIGA MEDIER)という国立のアクセシブルなメディア機関で制作されています。知的障害者に加えて,認知症の人や移民を対象としたLLブックも増えてきています。また,民間の出版社からの出版も多くなりました。公立図書館には必ずLLブックコーナーがあり,出版物の一ジャンルとして社会的に認識されているので,障害の有無にかかわらず広く読まれています。

日本
日本では,1994年に知的障害のある人とその家族,支援者により構成されている一般社団法人全国手をつなぐ育成会連合会(現在の名称)が,当事者たちにわかりやすい本として,自立生活を支援する「自立生活ハンドブック」を出版したのが始まりです。
その後,マルチメディアDAISYやピクトグラムが付いたスウェーデンのLLブックの翻訳本(*)が出版され,2009年には,日本で初めてのLLブックの解説書『LLブックを届ける:やさしく読める本を知的障害・自閉症のある読者へ』(藤澤和子・服部敦司編著,読書工房)が刊行されます。

しかし,LLブックの出版点数は伸びず,近畿視覚障害者情報サービス研究協議会・LLブック特別研究グループの調査(2008年・2013年)では,LLブックと,その名称は使われていないがわかりやすく書かれた本を含めて75作品ほどと報告されています。
日本でLLブックの出版点数が増えない理由は,知的障害者の読書保障への社会的関心が低いことや,スウェーデンのように国家の補助がないうえに,利益があまり期待できないLLブックの出版に出版社が積極的ではないことなどが考えられました。

このような状況の中,2016年に「障害者差別解消法」,2019年に「読書バリアフリー法」が施行され,障害者差別を解消するための合理的配慮が義務づけられて,だれもが読書できるように,障害特性に合う利用しやすい形式の本が推進されるようになりました。
その影響を受けて,2015年頃からLLブックの出版に関心をもつ出版社や社会福祉法人等が少しずつ増えてきており,出版点数も増加傾向にあります。

現在,LLブックの認知度が上がり私たちの写真版LL ブックも好評を得ていることを機に,今後,さまざまなジャンルでわかりやすさの質を担保したLL ブックが出版され,知的障害等により読むことへの困難さをもつ人たちが,日常的に読書を楽しめるようになることを願っています。

(*)
  • スティーナ・アンデション文,エバ・ベーンリード写真,藤澤和子監修,寺尾三郎訳『山頂にむかって』愛育社,2002.
  • マーツ・フォーシュ文,エリア・レンピネン写真,藤澤和子監修,寺尾三郎訳『リーサのたのしい一日:乗りものサービスのバスがくる』愛育社,2002.
  • ロッタ・ソールセン作,ビョーン・アーベリン撮影,中村冬美訳『赤いハイヒール:ある愛のものがたり』日本障害者リハビリテーション協会,2006.
 

写真版LLブックの読みかた

読み方は自由です。
一人でストーリーを楽しんでも,だれかといっしょに登場人物のセリフを考えながら読んでも,はたまた読み聞かせに利用しても。まったくの自由です。

しかし,そのうちの読み聞かせについては,「どう読みだしたらいいのか…」という方もいらっしゃることでしょう。
そこで,『仲間と いっしょに』の読み聞かせ例を以下に公開します。

『仲間と いっしょに』の読み聞かせ例[PDF 662KB](吉田 くすほみ)

 

写真版LLブックの活用事例

大阪市立旭陽中学校 図書部(2023年7月26日)

言語能力の育成,だれもが楽しめるLLブックのコンセプトやユニバーサルデザインへの理解を深めることを目的とした読書活動「LLブックで遊ぼう」の教材に,『わたしのかぞく:なにが起こるかな?』が使用されました。

大阪市立旭陽中学校のウェブサイトでは,活動の様子が報告されています。
本ウェブページでも以下にご紹介します。
 
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放送部と協力して行いました。

各々自由な発想で,どんどんセリフの吹き出しをつけていきます。ものの十数分で,とてもユーモア溢れる4つのストーリーが生まれました。
 
活動の様子1
活動の様子

最後は作ったチームごとに,スクリーンに映した本にセリフをあてて朗読しました。

日頃から練習を積んでいる,放送部の生徒は本領発揮!
1人で声色を変えて読んだり,3人で息を合わせて読んだりと,工夫を凝らしてくれました。
 
活動の様子3

図書部の生徒も負けず劣らず,しっかりと通る声で,テンポを意識しながら読み上げました。
そうくるか!というセリフ回しと,読み手の工夫のおかげで,とても面白い話になりました。

話し合いながら自分で話を生み出す楽しさ,読む時の工夫,自分になかった発想との出会い。
とても新鮮な活動になりました。
(文・写真:大阪市立旭陽中学校ご提供)
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*本事例は,書籍を投影・複写する許可申請手続きを経て実施されています。

ご厚意により作品をいくつかお送りいただきましたが,大阪の中学生ならではのユニークなセリフが端々に見られました。顧問の先生からは「生徒たちの新しい一面を引き出すことができた」とのお言葉も。
 

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